2016年6月23日の国民投票でEUからの離脱を決定した英国では、国民投票を実施したキャメロン首相が辞任、テレーザ・メイ首相がリスボン条約(2009年発効)50条に基づき、2017年3月29日に欧州理事会に離脱を通告、離脱協定締結の交渉に入り、以下の離脱協定案で2018年11月13日に事務レベルでEUと合意、翌14日には英閣議で承認されました。
【移行期間】
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◇2019年3月から2020年末までの間、原則として現行のEUルールが英でも適用されEUの監督・司法制度が英で運用される。 ◇英EUで将来の外交・安全保障の取り決めが発効した場合、関係するEU法は英で効力を停止する。 ◇英はEUの外交政策に関する決定に従わない場合に、協調行動が必要なときは事例ごとに協議する。 ◇英はEU内での機密情報共有から除外されうる。 ◇EUの組織や会合に英が参加するかは事例ごとに判断する。ただ、一定の会合などには必要に応じて代表者や専門家が引き続き参加する。 ◇現在EUが英の代表を務める国際組織で、EU代表団の中に英が加わることもある。 ◇外交の継続性を確保するためEUが第三国と交わした取り決めにおいて、英はEU加盟国として扱われる。 ◇英は移行期間終了後に発効する貿易協定などについて、第三国との取り決めを交渉・署名・批准できる。 ◇移行期間が延長された場合、英はEU予算から外れ必要に応じてEUに財政的な支払いを行う。 ◇英とEUは新たな法律などに関して情報交換を続ける。 |
【アイルランドとの国境】
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◇アイルランドと英領北アイルランドの国境はモノの行き来を自由にし、税関を設けない。 ◇英領北アイルランドの扱いを巡り、英は2020年6月末までの間に移行期間延長を申し出ることができる。 ◇2020年末までの移行期間中に、英領北アイルランド問題が解決しない場合、英は「英全土をEU関税同盟に残すバックストップ(安全策)」か、移行期間を延長するかを選ぶことができる。延長の可否は英EUの共同委員会で判断する。 ◇英とEUは世界貿易機関(WTO)にかかわる問題については協力を続ける。 ◇英とEUはそれぞれが単独でセーフガード(緊急輸入制限)を導入することが可能。 |
【EUへの清算金】
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◇英がEUに支払う必要のある「清算金」について、合計350億~390億ポンドと推計。 ◇英が負担するEU予算について、2020年までは支払いを続ける。EU機関職員の年金などについては、2020年末までに発生した分は負担する。 ◇清算金支払いを管理する特別委員会を英EU共同で設置する。 ◇英政府は清算金について年1回、英議会に報告する。英政府のEUへの支払いについて毎年議会に報告する制度を維持する。 ◇欧州投資銀行(EIB)や欧州中央銀行(ECB)への払込資本金は英に返還される。 ◇英政府は清算金の支払いにあたって、英政府の代理となる監査役を任命する権利を求めてEUと交渉する。EUは監査役に対して情報提供を行い、業務を支援することになる。 |
【双方市民の権利】
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◇英で暮らすEU市民と在EUの英市民に対し、居住や労働・教育などの権利について、2020年末までの移行期間終了後も離脱前と同等の権利を保障する。 ◇移行期間の終了時点で、合法的かつ継続的に英で5年間暮らすEU市民や、EUで5年間暮らす英市民に対しては永住権を保障する。5年間に満たない場合、5年間に達するまで住み続けることができる。 ◇一般労働者や自営業者、国境を越えて働きに来る労働者らは、労働条件や労働支援などで現在同様の平等な権利が保障される。弁護士や監査役などの専門職も資格を保持し続ける。 ◇離脱協定に含まれる市民権は英国法に組み込まれる。市民権の内容解釈や各種の問題について、英の裁判所は欧州司法裁判所(ECJ)に申し立てることができる。この期間は離脱から8年間とする。 ◇欧州司法裁判所(ECJ)の判断はEU加盟各国で法的な効果を持つが、個別のケースにおける最終決定権は英の裁判所が持つ。 ◇離脱協定にある英での市民権が適切に実行されるかどうかを確認するため、独立した監督機関が設置される。 ◇市民権が守られない疑いがあれば、同機関は英内で対策を求めて法的措置を取ることができる。EU内では欧州委員会が加盟国の法令順守を監督する役割を持つ。 |
しかし、同年12月11日に予定されていた議会下院での「離脱協定案」の採決をメイ首相は閣僚との電話会談後に急遽延期することを決定、これに対して、保守党内部では離脱強硬派などがメイ英首相の信任投票を求める(12月12日に実施:200対117で信任)など、不透明感が高まりました。英下院での採決は本年1月15日に行われ、賛成202票(保守党196、労働党3、その他3)に対して反対432票(保守党118、労働党248、スコットランド国民党35、北アイルランド民主統一党10、その他11)の歴史的大差で否決、野党労働からはメイ首相の不信任案が提出され、辛くも19票差(賛成306、反対325)で信任されたことで、首相交代などの最悪事態には至っていません。
離脱協定案が否決されたことで、メイ英首相は1月21日に否決案から「在英EU市民が(EU離脱)後に在住権を継続させるための費用を撤廃」「英領北アイルランドとアイルランド国境をめぐる『バックストップ(安全策)』についても変更を模索している」「『柔軟でオープンで包括的な』アプローチを取り、下院議員とスコットランドやウェールズの自治政府とEUとの将来の関係を交渉していく」と述べましたが、大きな修正はなく、複数の野党議員から修正案が提出されました。
メイ英首相は、自身がまとめた離脱協定案が議会に否定されたものの、首相は続投、EUとの交渉を半ば義務付けられた形となっています。一方で、第2回目の国民投票は民主主義の信頼を損なうと一貫して否定していますので、国民投票実施の世論が強い場合は、メイ首相が辞任(保守党内でのメイ首相が信任されたため、1年間は信認を問う発議はできない)するか、議会を解散して国民の信を問うことになります(解散総選挙の場合は、議会の3分の2の賛成が必要)。仮に解散総選挙、国民投票実施となると、離脱賛成派、離脱強硬派、残留派の3つに世論が分断されているため、どのような結果となったとしても英の分断が進むと思われます。さりとて、合意なき離脱を強行した場合には、法整備や通商問題が間に合わず、行政や諸手続きが大混乱をきたすことになりそうです。
そのため、悪い中でのベストシナリオは英が3月29日のEU離脱を先送りして、現行の離脱協定案に近い案で議会が承認、合意しての離脱(2020年末に設定されている移行期間の問題は残るが)を選択することでしょう。この場合でも、アイルランドとの国境管理の問題を解決しなければならず、1998年4月10日に英とアイルランドが結んだ和平協定(ベルファスト合意)の維持は必要であり、簡単に問題が解決しない模様です。国境問題が解決せず、英全土がEUの関税同盟に留まった場合には、EUの行政に対する発言権がない中で、EU法に従い続けることとなり、その間も拠出金の支払いなどの義務を負うことになるため、英国民(離脱派・離脱強硬派)にとっては不満が残り続けることになります。
1月23日 | 5% | 10% | 15% | 20% | 25% | 30% | |
ポンド/円 | 143.11 | 135.95 | 128.8 | 121.64 | 114.49 | 107.33 | 100.18 |
ポンド/ドル | 1.3061 | 1.2408 | 1.1755 | 1.1102 | 1.0449 | 0.9796 | 0.9143 |
※1月23日のNYクローズを基に試算
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↑パリティ割れ |