※パリティとは:等価であること。本記事でのパリティ割れとは、1ポンド=1ドルを割り込む状態を意味します。        執筆日:2018年8月22日
EU離脱の経緯と英国国民投票前後の為替市場

2011年の欧州債務危機から、EUは緊縮財政を進め、英国にはポーランドや東欧からの移民が流入、英国民の不満が増す中で、反移民を掲げる英国独立党(UKIP)が支持を伸ばしていました。デビット・キャメロン英首相(当時)は与党・保守党の反EU勢力におされる形で、20131月に「EU残留か、離脱かの国民投票の実施」を宣言、党首の地位を維持しました。議会選挙では保守党が圧勝したことから2016年6月23日には国民投票を実施することとなりました。英国ではスコットランドの独立機運が高まった2014918日の住民投票では、辛くも賛成45%、反対55%で独立が阻止されていたため、世論調査でのEU離脱賛成派が少数だったことなどから、EU残留派が勝利するだろうと、キャメロン英首相(当時)は危険な賭けに出たようです。しかし、EU離脱賛成派は、EUへの週3億5000万ポンド(後に英国独立党のナイジェル・ファラージ党首が間違いを認める)の拠出金を国民医療サービス(NHS)に振り向けようとのキャンペーンを展開、移民に関してもEUにとどまる限りは英国に入ってくる移民の数を制限できないという論調を展開、投票の結果は予想外の離脱賛成が51.9%、反対が48.1%(投票率は72.1%)で、離脱派が勝利となりました。外国為替市場ではこの時激震が走り、ポンドが急落するとともに、ユーロやドルも売られ、安全資産(リスク回避目的)で円が一時1ドル=100円を割り込む上昇となりました。

メイ政権に限らず、英国民としては、英国領北部アイルランドのみがEUの関税同盟に残る選択肢はなく、残された時間が限られる中で、新たな提案をまとめ、EUが想定している10月末までに合意に至るのは難しといえそうです(EU10月の欧州理事会でこの問題を諮り、12月の欧州理事会で承認、欧州議会での審議と同意手続きを行いたい考え)。仮にメイ英首相が関税同盟に残ることを認めるような方向転換を模索するとなれば、メイ政権は辞任に追い込まれ、与党保守党の中のEUとの交渉強硬派の政権ができるかもしれません。逆に解散・総選挙となれば、EU離脱反対の政党が得票を伸ばし、政治が混乱する可能性もあります。

脱派が勝利したことでキャメロン英首相は辞任、新たにテレーザ・メイ首相が誕生、離脱の通告と交渉にあたることになりました。リスボン条約(2009年発効)では、50条に離脱の手続きが定められており、英国は2017年3月29日に欧州理事会に離脱を通告、離脱協定締結のための交渉に入りました(閣僚級担当者は、英国:デービッド・デービスEU離脱相(当時)、EU:ミッシェル・バルニエEU主席交渉官)。

2017年12月8日 ジャン=クロード・ユンケル欧州委員長とメイ英首相の間で離脱条件の概ね合意

  合意内容 全てが合意されるまで、何も合意されない方式の採用(部分的な合意はない)

  1. 清算金:350億~390億ポンド(英国財務省の試算、のちに371億ポンドと試算を発表)
  2. 在英国EU市民と、在EU英国民の権利保障 双方の市民の権利水準は変わらない。離脱後の英国在住EUの市民の行政手続きは透明かつ簡素でなければならない。
  3. アイルランドとの国境問題 「ベルファスト合意」(1998年)を遵守し、交渉の中で解決することを目指すが、難しい場合には、特例措置を検討する。英国とアイルランドとの国境線の自由化を担保する「共通旅行区域(CTA)」の継続を目指す。

2018年3月19日 EUと2020年末までの移行期間(1年8か月)を設けることで合意
EUのルールに従うことを条件に単一市場と関税同盟にとどまる

通商協定は離脱後に開始
通商協定は、ノルウェー型(主権の制限と拠出金により、EU単一市場のアクセスを維持する方式)、カナダ型(移民制限が可能だがEU単一市場へのアクセス権を持たない方式)どちらでもなく、新たな枠組みを模索するべき(メイ英首相)

2018年4月から通商協定などの将来関係に関する事前協議を開始2018年10月を離脱協定の合意の期限(EU)と位置づけ。

2018年6月26日 英下院でEU離脱法が成立 2019年3月29日午後11時(ブリュッセル時間午前0時、日本時間30日午前8時)にEUを離脱、2020年年末までの移行期間に入る。

英国下院議会勢力図
ポンド/円 日足(2016年5月2日~2016年9月30日)

状で双方の市民権の問題や安全保障などでは合意に至ったものの、EUと唯一国境を接するアイルランドと英国領北部アイルランドは厳格な国境管理は行わず、往来の自由が保障されることを前提に交渉を行っていますが、EUは英国が代替案を示せない場合には、英国領北部アイルランドが英国の離脱後も関税同盟に留まる可能性を示し、メイ首相は英国の統一が脅かされると一蹴しました。その後、メイ英政権はEU関税の代理徴収の構想を提案しましたが、バルニエEU主席交渉官は、非加盟国に関税の徴収を委任することはできないとの考えを示して、これを拒否しています。核心部分での交渉が進まない中、このままでは合意なき離脱に進む可能性が高くなってきています(2017年12月にユンケル欧州委員長とメイ首相の間で、「すべてが合意されるまで何も合意されない方式」が合意されている)。

メイ英首相は、EUとの交渉を進めるにあたり、英国民の信を問う形で、2020年に予定されていた総選挙を3年前倒しし、2017年6月8日に実施しましたが、過半数は獲得できず、英国領北部アイルランドの地域政党、民主統一党(DUP)と連立政権を樹立しましたが2018年7月にはEUとの交渉方針をめぐり、EU離脱強硬派のデービスEU離脱担当相(8日)、ボリス・ジョンソン外相(9日)が相次いで辞任するなど、保守党内でも基盤は盤石ではありません。

ただ、8月下旬には、デービスEU離脱担当相の後任となるドミニク・ラーブEU離脱担当相がバルニエEU主席交渉官と会談、交渉を継続することを約束、10月への合意に向けて楽観的な考えを示しました。その一方で、リアム・フォックス英国際貿易相が「EUは、ブレグジットの対応を誤れば、世界における立場を損なうリスクを冒す可能性」と対応を牽制するなど、交渉合意の行方は不透明なままです。

EUの英離脱の準備は着々と進み、在英のEU機関の欧州医薬品庁(EMA)はオランダのアムステルダム、欧州銀行監督機構(EBA)はフランスのパリに移転が決まりました。一方で、民間では、世界の金融の中心の一つであるシティ・オブ・ロンドンに拠点を構える多くの金融機関は、EU離脱に備えて、拠点を英国外に移す動きを加速させています。日本の製造業など、EUへのアクセスとして英国を拠点とした企業も対応を迫られており、英国の産業が空洞化する可能性が高くなっています。

英国では、移行期間中に関税同盟に留まり、EUの単一市場にアクセスすることができますが、メイ英首相は移行期限終了後には関税同盟から脱退する意向を示しており、「EUと自由貿易協定が結ばれなかった場合に関税同盟の交渉を義務付ける修正案」が法案は下院で、僅差で否決されました。これにより、移行期間後は、EUの単一市場への無関税でのアクセスはできなくなり、月額で140億ポンドを超えるEU向け輸出の影響が出てくることは想像に難くなく、生産性の低下と相まって英国のGDPを押し下げることが予想されます。場合によってはリセッション(2四半期連続のマイナス成長)もありそうです。


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出所:上田ハーローのデータより作成
ドル/円 日足(2016年5月2日~2016年9月30日)
出所:上田ハーローのデータより作成
EU離脱交渉(時系列)
交渉での合意に暗雲立ち込める
英国経済はスタグフレーションのリスクを潜在的に抱えることになる?
英国の輸出(単位:百万ポンド)
出所:英国経済統計局のデータより作成

英国の成長率の低下に輸入製品への関税などが物価を押し上げると、景気悪化の中での物価上昇というスタグフレーションを招くことになり、英経済が長期にわたって低迷することになりそうです。2018年の英4-6月期GDP速報値は、前期比+0.4%の成長で、1-3月期の同+0.2%からは加速はしたものの、2016年6月の英国国民投票以降は同+0.2%~+0.7%の範囲にとどまっていますので、平均的な成長率を何とか維持しているにすぎません。消費者物価指数(CPI)総合は前年比で一時+3.0%を上回るなどの高い伸びを示し、足許でも同+2.5%近くで推移しています。変動の大きい食品・エネルギーを除いたコア指数でも足許でこそ同+1.9%で+2.0%は下回っていますが、高い状況を維持しており、経済データからもスタグフレーションリスクがジワリと高まっているように思います。

英国国内総生産(GDP) 前期比(単位:%)
出所:英国経済統計局のデータより作成
英国消費者物価指数(総合、コア) 前月比(単位:%)
出所:英国経済統計局のデータより作成

英中央銀行(BoE)は2017年11月の政策金利(Bank Rate)引き上げ以来、9か月ぶりとなる2018年8月の金融政策委員会(MPC)で0.25%の利上げに踏み切りました。景気悪化(成長率が鈍化)する中で、英中央銀行は難しい舵取りを余儀なくされそうです。

ポンドの下落は必定か

カーニー英中銀(BoE)総裁はEU離脱の混乱を回避するため、任期を1年延ばし、2019年6月末まで現職に留まることを表明しましたが、混乱はむしろ、移行期間中の前半から半ばにかけて顕在化してくるのではないでしょうか。英国では1998年第4四半期から経常収支が赤字となっていて、2016年第1四半期には309億ドルまで赤字が増加、その後は赤字額が減少しているものの、赤字は定着していますので、ポンドは下落しやすく、株価や通貨は材料を先取りすることを考えると、2018年終盤から2019年中ごろにかけてポンド売りが出てくることが予想されます。また、トランプ米大統領の保護主義が、米国の景気をピークアウトさせ、世界景気を減速させた場合には、英国経済も当然に影響を受けることになると思います。

英国経常収支(単位:百万ポンド)
出所:英国経済統計局のデータより作成

ポンド/ドルの推移(月足)を見ますと、米国のサブプライム・ショック前には、1ポンド=2.0795ドルとドルの2倍強の価値がありましたが、リーマン・ショックを経て1.4302ドルへと下落、ギリシャや欧州債務危機を乗り切り、2014年には1.7102ドルまで上昇しましたが、スコットランドでの住民投票、EU離脱の是非を問う国民投票、EU離脱の決定などから2016年10月には1.2237ドルまでピークからは約40%の下落となりました。EUとの交渉では移行期間が設けられるなど、不安が後退したことで2018年1月には1.4170ドルまで戻る動きがありましたが、このまま、合意なき離脱となると、1ポンド=1ドル(パリティ)を割り込むことも予想されます。

■ポンド/ドル 月足(2007年1月~2018年8月執筆日まで)
出所:上田ハーローのデータより作成

一方で、EU離脱後の移行期間が終われば、EU法の適用が停止(当初はEU法をそのまま英国法に置き換えて対応)されることから、1986年のマーガレット・サッチャー政権下で実施された金融ビッグバン(手数料の自由化、単一資格制度の廃止、取引所会員への外部資本出資の制限の撤廃)により、シティ・オブ・ロンドンを世界の代表的な市場に押し上げたような、大胆な規制改革や法人税減税の実施など、外資を呼び込む政策を取ることができれば、ポンドがボトムアウトから上昇していくことも考えらえます。